なんとな~くですか。 さぼり場ですから
自然、建築、技術、アーキテクチャ、ね、女の子
Xcite.翻訳→ It is construction, and is a technology, and it is nature, and is architecture, and it sleeps, and it is girl.
「ね」は「ねこ」だったはず…
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Quote reblogged from lFlLIIdl--iI+II with 1,506 notes
先般ノーベル賞受賞者たちが口を揃えて「もう日本の教育はダメだ」といったのは、授業時間が少ないとかいうレベルのことではない。
官民一体となって「子どもたちが学習内容そのものにではなく、学習した場合に得られる報酬の獲得に熱中している」という教育システムに対して、「それではバカしか生まれない」とおっしゃっていたのだと私は理解している。
現に、超難関校といわれる大学を出た若者と話していて、あまりにものを知らないので、びっくりすることがよくある。
教養がないというレベルにとどまらず、専門課程で学んだはずの知識さえおぼつかない。
どうして、そんなにものを知らないのかと訊ねると、破顔一笑して、「いやあ、大学では全然勉強しなかったですから」と誇らしげな様子をする。
どうして、勉強しなかったことをこれほど自慢するかというと、それでも超一流校の学位記を獲得した自分のふるまいが「クレバー」だと思っているからである。
だって、わずかな苦役で大きな報酬を手に入れたわけだからである。
「ぜんぜん勉強しないで東大出ちゃいました」というのは、キーボードをちゃかちゃか叩いただけで1分間で数億円稼いだとか、1000円でベンツを買ったとか、それに類する「スーパー・クレバーな商品取引」なのである。
消費者マインドに立てばそういうことになる。
「学校なんかぜんぜん行ってねっすよ」「教科書なんか開いたことない」「試験なんか、ぜんぶ一夜漬けで、あとカンニング」というような言葉が「ほとんど誇らしげ」に口にされるのは学校教育で競われているのが「何を学んだか」ではなく「いかに効率よく競争に勝つか」だと彼ら自身が信じているからである。
Source: blog.tatsuru.com